by maughamsociety |
2022年 02月 20日
河合祥一郎訳『人間のしがらみ』(光文社古典新訳文庫) (上)(第1~64章) 2022年2月20日発行 (下)(第65~122章)2022年2月20日発行 原作:“Of Human Bondage”(1915) [題名について](「訳者あとがき」から抜粋) モーム自身が本書の序文で記したとおり、本書の題名Of Human bondageはスピノザの『エチカ』の第4部「人間の束縛について、あるいは感情の力について」(Of human bondage or of the strength of the affects)に由来する(このbondageは「隷属」とも訳される)。スピノザはその冒頭に次のように記している。 「感情を抑えたり紛らわしたりできない人間の状態を私は束縛(bondage)と呼ぶ。人が感情の犠牲となるとき、人は自分の思いどおりに動くことができず、運命のなすがままとなってしまうからだ。そのため、こうすればいいと頭ではわかっていながら、やってはいけないことをやってしまったりする。どうしてそうなるのか、そして感情における善悪とは何かを本論で示すことにしたい。」 この文を読めば、これがまさに本書の主人公の陥った状態だとわかるだろう。感情に縛られた状態をbondageと呼ぶのであり、フィリップ・ケアリーが人間関係において縛られて身動きできない状態にあったことを指すにふさわしい語である。 一方、「絆」という日本語は、『日本国語大辞典』第2版によれば、「①馬、犬、鷹などの動物をつなぎとめる綱。②人と人とを離れがたくしているもの。断つことのできない結びつき。ほだし」と定義される。最後の「ほだし」をさらに 『日本国語大辞典』で引けば、三つ目の定義として、「人の心や行動の自由を束縛すること。人情にひかれて、自由に行動することの障害となること。また、そのようなもの」とあって、スピノザの言うbondageの意味に合致する。中野好夫氏が最初に「絆」という語を選んだのは、この意味であった。 つまり、もともと「絆」の語には、「しがらみ、束縛」という否定的な意味があったのである。それは基本的に「(断ち切りたいのに)断つことのできない結びつき」を指す。ところが、現代では「絆」という語は、肯定的な意味での「結びつき」「つながり」と解釈されて広く用いられるようになった。本来は「断つことができない」という文脈で用いられていたものが、むしろ強めるべき「大切な結びつき」「一体感」のような意味合いで用いられるようになったのである。 特に2011年に起きた東日本大震災からの復興にあたって、その傾向は爆発的に強まった。2011年の「今年の漢字」に「絆」が選ばれたのも、「人と人との大切なつながり」という意味としてであった。もはや、この用法は誤用とみなせないほど広まってしまったために、『新明解国語辞典』は、第5版(1997)より「絆を深める」を掲載して認知しているし、第6版(2008)までこれを認知していなかっ た『三省堂国語辞典』でも、第7版(2014)より「絆が深まる」を掲載して認知した。 このような時代の大きな変化にもかかわらず、本書を依然として『人間の絆』と訳しては新訳と称するに値しないと判断し、原意に即して「しがらみ」の訳語を当てた次第である。 [先行訳](「訳者あとがき」に金原訳を追加) 中野氏の最初の訳である『サマセット・モーム選集1』全3巻(三笠書房、1950〜2)と同一内容であり、『サマセット・モーム全集』第2〜4巻(新潮社、1954)、『世界文学全集22、23』(新潮社、1957)、新潮文庫・全4巻(1959〜60)、『世界文学全集37、38』(新潮社、1960)、『世界の名作26』(集英社、1966)に再録。 ◎中野好夫改訂訳『新潮世界文学30 モーム(1)』(新潮社、1968)。 上の最初の訳に大幅に手が加えられたもの。『世界文学全集51』(集英社、1969)に再録。 ◎守屋陽一訳『人間の絆』角川文庫、全4巻(1961〜6)、全2巻(1972)。 ◎大橋健三郎訳、縮約版『人間の絆』、『世界文学全集第2集17』(河出書房新社、1964)。 原作をモーム自ら3分の1に縮めた縮約版(1950年ポケット・ブックス初版、1963年ジャイアント・カーディナル版として再版)の訳であり、縮約版のためのモーム自身の序も訳出されている。『世界名作全集15』(1967)、『河出世界文学大系72』(1980)に再録。 ◎大橋健三郎全訳『人間の絆』、『世界文学全集カラー版29』(河出書房新社、1967)所収。 『世界文学全集豪華版第2集15』(河出書房新社、1968)に再録。 ◎北川悌二訳『人間の絆』講談社文庫、全2巻(1973)。 ◎厨川圭子訳『人間の絆』旺文社文庫、全2巻(1975)。
by maughamsociety
| 2022-02-20 00:00
| 新刊案内
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||